• 筋肉と神経が若さをつくる

    2026年9月14日

    ― マイオカインと「顔の老化」の新常識

    「顔の老化」と聞いたとき、何を思い浮かべますか?

    シワ。シミ。ほうれい線。たるみ。肌のハリ。

    多くの人が、まず「皮膚」を思い浮かべるのではないでしょうか。

    もちろん、皮膚は顔の若々しさを左右する大切な要素です。

    でも、鏡に映っている顔のその下には、筋肉があります。

    その筋肉を動かしているのが、神経です。

    さらに筋肉の細胞の中には、エネルギーを生み出すミトコンドリアがあります。

    私は最近、顔の老化を考えるなら、皮膚だけを見るのではなく、

    「神経 ― 筋肉 ― ミトコンドリア」

    という一連のシステムまで見なければならないのではないか、と考えています。

    そして、この考えをさらに面白くしてくれる存在があります。

    それが、

    マイオカイン(Myokine)

    です。

    筋肉は「情報を発信する臓器」

    筋肉の仕事は何でしょう?

    「体を動かすこと」

    もちろん正解です。

    しかし、それだけではありません。

    運動や筋収縮に伴って、筋細胞ではさまざまな生理活性物質が産生・分泌されます。

    こうした筋由来の因子は、広くマイオカインと呼ばれています。

    Irisin(イリシン)、Apelin(アペリン)、IL-6、IL-15など、さまざまな分子が研究されています。

    また、筋肉と脳とのクロストークという観点からはBDNFなども注目され、Myostatin(マイオスタチン)は筋肉の成長を抑制する代表的な筋由来因子として知られています。

    興味深いのは、筋肉から発信される情報が、筋肉だけで完結しないことです。

    骨、脂肪組織、血管、免疫系、そして脳。

    運動する筋肉は、こうした全身の組織と複雑な情報交換をしています。

    つまり筋肉は、

    「動く臓器」であると同時に、「情報を発信する臓器」

    でもあるのです。

    では、ここで歯科医療の視点から一つ疑問が生まれます。

    「噛む筋肉」も、情報を発信しているのでしょうか?

    「噛まない」と、咬筋では何が起こる?

    この疑問を考えるうえで、非常に興味深い研究があります。

    2026年に発表された、

    “Reduced masticatory stimuli modulate myokine secretion in the masseter muscle in mice”

    という研究です。

    研究対象となったのは、咬筋(こうきん)

    私たちが食べ物を噛むときに使っている代表的な咀嚼筋です。

    研究者たちはマウスに、咀嚼刺激の異なる食餌を与え、咬筋にどのような変化が起こるかを調べました。

    すると、長期間にわたり咀嚼刺激が少なかった群では、

    咬筋重量が減少し、筋線維も細くなる

    という変化が認められました。

    「使わなければ筋肉は衰える」

    ここまでは、それほど意外ではないかもしれません。

    ところが、面白いのはここからです。

    「噛まない」と、筋肉が発信する情報まで変わる?

    咀嚼刺激が少なくなった咬筋では、マイオカインや炎症関連シグナルにも変化が認められました。

    IL-6 ↓
    IL-10 ↓

    一方で、

    TNF-α ↑
    NF-κB ↑
    Myostatin ↑

    という変化が報告されています。

    特に注目したいのが、Myostatin(マイオスタチン)です。

    マイオスタチンは、筋肉の成長を抑制する方向へ作用することで知られています。

    つまり、

    噛む刺激が減る

    咬筋の活動が低下する

    咬筋が小さくなる

    という変化だけではなく、

    筋肉が発信する生物学的な情報そのものも変化する可能性

    が示されたのです。

    これは、歯科医療にとって非常に興味深い結果だと思います。

    ただし、「噛めば若返る」と証明されたわけではありません

    ここは、とても大切なところです。

    この研究はマウスを対象とした研究です。

    したがって、

    「軟らかいものを食べると、人間の顔が老化する」

    あるいは、

    「たくさん噛めば、顔が若返る」

    と証明されたわけではありません。

    動物実験で得られた知見と、人間で確認された臨床的効果は、科学的に明確に区別する必要があります。

    それでも、

    「噛む」という行為が筋肉の量だけではなく、筋肉の生物学的な状態にも関係する可能性がある

    という発見は、これからの歯科医療を考えるうえで、とても重要なヒントではないでしょうか。

    「顔の老化」を皮膚ではなく、筋肉から考えてみる

    では、この考え方を人間の顔に広げてみましょう。

    顔には、たくさんの筋肉があります。

    咬筋、側頭筋、口輪筋、頬筋、眼輪筋、大頬骨筋……。

    しかし、これらはすべて同じ神経で動いているわけではありません。

    咬筋や側頭筋などの咀嚼筋を主に動かしているのは、

    三叉神経(第V脳神経)

    です。

    一方、

    笑う。唇を閉じる。頬を動かす。目を閉じる。

    といった表情を作る表情筋を動かしているのは、

    顔面神経(第VII脳神経)

    です。

    つまり私たちの顔には、大きく見ると、

    三叉神経 → 咀嚼筋

    そして、

    顔面神経 → 表情筋

    という神経―筋ネットワークがあります。

    「噛む・話す・笑う」は、顔の運動

    少し視点を変えてみましょう。

    歩けば、脚の筋肉を使います。

    筋トレをすれば、腕や胸の筋肉を使います。

    では、顔はどうでしょう?

    噛む。話す。笑う。

    これらもすべて、神経によってコントロールされた筋運動です。

    しかも、食事をするときには咬筋だけが働いているわけではありません。

    咬筋や側頭筋で噛みながら、頬筋で食べ物を歯列へ戻し、口輪筋で唇を閉じ、舌が食塊を移動させる。

    そして最後には、「飲み込む」という嚥下運動が続きます。

    つまり私たちは一口食べるたびに、

    咀嚼 → 食塊形成 → 送り込み → 嚥下

    という、非常に精密な神経―筋運動を行っているのです。

    「食べる」という何気ない日常の行為は、実は驚くほど高度な運動なのです。

    老化すると、筋肉だけが衰れるわけではない

    年齢とともに変化するのは、筋肉の量だけではありません。

    神経。
    神経と筋肉をつなぐ神経筋接合部。
    血管。
    ミトコンドリア。
    代謝。
    炎症反応。

    こうしたシステム全体が、加齢の影響を受けます。

    そこで、顔の老化について、こんな流れを仮説として考えることができます。

    神経機能の変化

    筋肉への刺激・活動の変化

    筋機能の低下

    ミトコンドリア機能や代謝環境の変化

    筋由来シグナルの変化

    さらに筋機能へ影響

    もちろん、人間の顔の老化をこの一つの経路だけで説明することはできません。

    顔貌の加齢変化には、皮膚、皮下脂肪、筋肉、靱帯、骨格など、多くの組織が関係しています。

    しかし、この視点に立ってみると、

    「顔の老化は、皮膚だけで起きている現象ではない」

    ということが見えてきます。

    「若い顔」とは、よく動く顔なのかもしれない

    若々しい人の顔を思い浮かべてみてください。

    私たちは、本当に肌だけを見て「若い」と感じているのでしょうか?

    笑えば、頬が自然に動く。

    話すたびに、口元が豊かに変化する。

    目元にも表情がある。

    食べる、話す、笑うという動きが滑らかである。

    つまり若々しさには、

    「顔が生き生きと機能していること」

    も関係しているのかもしれません。

    では、「顔の若返り」とは、シワをなくすことだけなのでしょうか?

    私は、そうではないと考えています。

    よく噛める。
    よく話せる。
    自然に笑える。
    しっかり飲み込める。

    こうした機能を長く維持することもまた、

    「顔の若さ」

    ではないでしょうか。

    Functional Rejuvenation ――「見た目」だけではなく「機能」から若さを考える

    私は、この考え方を

    Functional Rejuvenation
    ――機能的若返り

    という視点で捉えています。

    見た目だけを若くするのではなく、

    「食べる・話す・笑う」という、人間の基本的な機能そのものを、できるだけ長く若々しく保つ。

    これは、従来の美容とは少し違う考え方です。

    歯科医療がこれまで大切にしてきた「噛む」「飲み込む」「話す」という機能と、美容が目指してきた「若々しく見える」という価値。

    この二つは、実はまったく別のものではないのかもしれません。

    美容 × 歯科医療 × 健康寿命。

    その交点に、「機能的若返り」という新しい考え方があるのではないか。

    私はそう考えています。

    では、神経や筋肉に「光」を当てると?

    ここで、もう一つ興味深い研究領域が登場します。

    Photobiomodulation(PBM)
    フォトバイオモジュレーション

    です。

    赤色光や近赤外光などを用いて、細胞内の光受容やミトコンドリア、酸化還元状態、細胞内シグナルなどにどのような変化が起こるのかを研究する領域です。

    ここで、第1回の記事に登場したミトコンドリアが再びつながります。

    もし、


    ×
    ミトコンドリア
    ×
    神経
    ×
    筋肉

    を、一つのシステムとして考えたら?

    さらにそこへ、

    マイオカイン

    という「筋肉からの情報発信」を加えたら?

    そこには、これまでの「美容」とは少し違う、

    顔の若返りを「機能」から考える新しい可能性

    が見えてくるかもしれません。

    大切なのは「分かっていること」と「まだ分からないこと」を分けること

    ただし、ここでも大切なことがあります。

    「光を当てれば若返る」

    という単純な話ではありません。

    同じように、

    「噛めばマイオカインが増えて若返る」

    と現時点で結論づけることもできません。

    科学には、

    分かっていること。
    まだ分かっていないこと。
    そして、これから研究する価値があること。

    があります。

    それらを混同しないことが、とても大切です。

    しかし、だからこそ私は、この分野を面白いと感じています。

    皮膚だけではなく、

    神経。
    筋肉。
    ミトコンドリア。
    マイオカイン。

    これらを一つのシステムとして捉えたとき、「顔の老化」について、これまでとは少し違った景色が見えてくるのではないでしょうか。

    「美容」から「機能」へ

    若さとは、シワがないことだけではない。

    よく噛めること。

    おいしく食べられること。

    人と話せること。

    自然に笑えること。

    そして、しっかり飲み込めること。

    年齢を重ねても、そうした機能が保たれている。

    私は、それもまた、とても大切な「若さ」だと思っています。

    顔の若さを、皮膚だけで考えない。

    その下にある筋肉を見て、

    筋肉を動かす神経を見て、

    細胞の中のミトコンドリアを見て、

    さらに筋肉が発信するマイオカインまで見ていく。

    そこから、

    「見た目の若返り」から「機能的若返り」へ。

    歯科だからこそ見える、新しいアンチエイジングの可能性を探っていきたいと思います。

    次回

    「光で細胞を刺激する ― LUMIX 2とフォトバイオモジュレーションの可能性」

    次回は、

    「光で細胞を刺激する ― LUMIX 2とフォトバイオモジュレーションの可能性」

    について考えてみます。

    光を受けた細胞では、何が起こるのでしょうか。

    ミトコンドリアは、どう反応するのでしょうか。

    そして、

    光 × ミトコンドリア × 神経 × 筋肉 × マイオカイン

    を、どこまで科学的につなげて考えることができるのでしょうか。

    「光を当てれば若返る」という単純な話ではなく、

    科学的に分かっていることと、まだ分かっていないことを分けながら、フォトバイオモジュレーションの可能性を考えてみたいと思います。