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顎関節症で顔が変わる?― 美術解剖学から見えてきた「顔は動く彫刻」という考え方 ―【第1回】
2026年8月8日「先生、最近、顔が変わった気がするんです。」
顎関節症の診療をしていると、ときどきこんな相談を受けることがあります。
「顎が引っ込んできた気がします」
「フェイスラインがぼやけてきました」
「左右の目の高さが違うような気がするんです」
「笑うと口元がゆがんで見えるんです」
一見すると、美容の相談のようにも聞こえます。
しかし、その患者さんの中には、顎の痛みや口の開けにくさ、あるいは口を開けたときに音がするといった「顎関節症」の症状を抱えている方もいます。
顎関節症と顔貌・フェイスラインの変化。
一見するとあまり関係がないように思える二つの問題ですが、私は日々の臨床の中で、この二つが決して無関係ではないと感じる症例に数多く出会ってきました。
このテーマについて、先日、東京藝術大学・美術解剖学会でお話しする機会をいただきました。
演題は、
「美術解剖学的視点からみた顎関節症患者の顔貌改善 ― “美筋形成”による筋機能再構築の検討 ―」
という少し長いタイトルです。
しかし、この講演で伝えたかったことは、とてもシンプルです。
「顔は、皮膚だけでできているわけではない。」
その一言に尽きます。
美術解剖学とは何を学ぶ学問なのか
「美術解剖学」と聞くと、多くの方は画家や彫刻家が人体を描くための学問だと思われるでしょう。
もちろん、それも間違いではありません。
しかし、美術解剖学が探究しているものの一つに、**「人はなぜ、その形に見えるのか」**という人体の構造があります。
例えば、
- フェイスライン
- 顎先の形
- 口角の高さ
- 頬のふくらみ
- 笑顔の印象
これらは、皮膚だけで決まるものではありません。
その奥には骨格があり、筋肉があり、皮下組織があります。
さらに、それらは静止しているわけではありません。
呼吸をし、話し、噛み、飲み込み、笑うたびに、私たちの顔は絶えず動き続けています。
つまり、顔とは「止まった形」ではなく、**「動き続ける構造」**なのです。
言い換えれば、私は顔を**「動く彫刻」**のようなものだと考えています。
私は歯科医師として顎関節症を診療していますが、この美術解剖学の考え方は、臨床で患者さんを診る視点と驚くほど一致していると感じています。
顎関節症は「関節だけ」の問題ではない
顎関節症では、一般的に、
- 顎関節部の痛み
- 咀嚼筋の痛み
- 口が開けにくい
- 顎を動かしたときに音がする
といった症状がみられます。
もちろん、これらは診断するうえで重要な所見です。
しかし、実際の診療では、それだけでは説明しきれない患者さんもいます。
詳しく診察すると、
下顎の位置に変化がみられたり、
左右の咀嚼筋の働き方に差があったり、
舌骨周囲の筋肉が過度に緊張していたり、
首の筋肉が硬くなり、頭部の位置にも変化がみられたりすることがあります。
これらは、必ずしも別々に起こっている現象ではありません。
顎関節、咀嚼筋、舌骨周囲筋、頸部筋群、そして表情筋。
それぞれが互いに影響し合いながら、一つの機能的なネットワークを形成しています。
そのバランスが崩れたとき、痛みや運動機能の問題だけでなく、症例によっては顔貌にも変化がみられることがあるのです。
顎関節症と顔の変化を「一つのテント」で考える
私はこの複雑な関係を説明するとき、患者さんにも学生にも、ある一つの比喩を使っています。
「顔は、一つのテントです。」
テントには、大きく三つの要素があります。
まず、形を支える「支柱」。
次に、張力を調整する「ロープ」。
そして、それらを支える「地盤」です。
この三つがバランスを保つことで、テントの形は維持されます。
顔も同じように考えることができます。
骨格は「支柱」。
筋肉は「ロープ」。
姿勢は「地盤」。
もし支柱が傾けば、テント全体の形は変わります。
ロープの張力が左右で異なれば、布にはゆがみが生じます。
地盤が傾けば、どれほど立派な支柱やロープがあっても、全体のバランスは変化します。
顔貌もまた、骨格・筋肉・姿勢という要素が相互に関係しながら成り立っていると私は考えています。
「美筋形成」という考え方
私は、顎関節・咀嚼筋・舌骨周囲筋・頸部筋・表情筋を一つの機能的な連続体として評価し、筋機能の正常化と筋の協調性の回復を目指す治療の考え方を**「美筋形成」**と呼んでいます。
ここでいう「美」とは、単なる美容を意味しているわけではありません。
過度に緊張している筋肉を緩める。
十分に働いていない筋肉の活動を引き出す。
左右の筋活動の偏りを整え、それぞれの筋肉が本来の方向へ自然に働ける状態を目指す。
こうした筋機能へのアプローチの結果として、痛みなどの症状だけでなく、症例によっては表情やフェイスラインにも変化がみられることがあります。
私は、「美しさ」は機能と対立するものではなく、適切な機能が回復していく過程で現れる自然な姿なのではないかと考えています。
顎関節症で本当に顔は変わるのか?
では、顎関節症になると、すべての人の顔が変わるのでしょうか。
もちろん、そういう意味ではありません。
顎関節症にはさまざまな病態があり、顔貌への影響にも個人差があります。
また、顔の左右差やフェイスラインの変化には、加齢、骨格、歯列・咬合、生活習慣、体重変化など、さまざまな要因が関係します。
大切なのは、「顔が変わった=顎関節症」と単純に考えるのではなく、顎関節・筋肉・骨格・姿勢などを含めて総合的に評価することです。
次回は「支柱」が変化した症例をご紹介します
では、テントの「支柱」にあたる骨格そのものが変化したら、顔はどうなるのでしょうか。
次回は、下顎頭の吸収がみられ、顎が後退し、ほうれい線やオトガイ部のしわも目立つようになった一人の患者さんの症例をご紹介します。
この症例では、骨そのものを元の形に戻したわけではありません。
それでも、筋機能へのアプローチによって顔貌にも変化がみられました。
なぜ、そのような変化が起こったのでしょうか。
「骨格が顔をつくるのか。それとも筋肉が顔をつくるのか。」
美術解剖学の視点から、「骨格」と「筋肉」の関係を一緒に考えてみたいと思います。
※本記事は顎関節症および顔貌変化について一般的な情報を提供することを目的としたものであり、個々の症状に対する診断・治療を目的とするものではありません。顎の痛み、開口障害などの症状がある場合は、歯科医療機関等へご相談ください。