• 顔は動く彫刻 ― 美術解剖学から考える、顔と顎関節の新しい見方

    2026年8月8日

    「最近、顔つきが変わった気がする」

    「フェイスラインが以前よりぼやけてきた」

    「顔の左右差が気になる」

    鏡を見たとき、そんな変化を感じることはありませんか?

    こうした顔の変化というと、多くの方は「年齢のせい」「太ったから」「皮膚がたるんだから」と考えるかもしれません。

    もちろん、加齢や体重の変化は顔貌に影響します。

    しかし、顔の変化を考えるうえで、もう一つ見逃せないものがあります。

    それが、顎関節、噛み方、筋肉、姿勢といった「機能」の変化です。

    顔の形は、皮膚だけで決まるものではありません

    私は歯科医師として、顎関節や咬合、口腔機能の診療に携わってきました。

    その一方で、美術解剖学の視点から「人の顔の形はどのように生まれるのか」というテーマにも取り組み、東京藝術大学美術解剖学会で講演する機会もいただきました。

    美術解剖学で顔を見るとき、私たちは皮膚の表面だけを見ているわけではありません。

    その下にある、

    骨格、顎関節、咀嚼筋、表情筋、脂肪などの皮下組織。

    それらがどのように重なり、どのように動くことで、目に見える「顔」が生まれているのかを考えます。

    つまり、顔とは単なる表面ではありません。

    骨と筋肉と軟部組織がつくる、三次元の立体構造なのです。

    顔は「完成された彫刻」ではない

    ここで、私が大切にしている考え方があります。

    それが、

    「顔は動く彫刻である」

    という見方です。

    石から彫り出された彫刻は、完成すれば基本的に形を変えません。

    しかし、人間の顔は違います。

    私たちは毎日、食べ、噛み、飲み込み、話し、笑い、表情をつくります。

    顎を動かす。
    筋肉を使う。
    首を動かす。
    姿勢を保つ。

    こうした動作を、一日に何百回、何千回と繰り返しています。

    そのため、顔は「静止した造形」ではなく、機能とともに存在する動的な立体として考える必要があります。

    顎関節症や噛み癖は、顔の印象と関係するのか

    たとえば、いつも同じ側で噛む癖があるとします。

    左右の筋肉の使われ方には違いが生じる可能性があります。

    顎関節の動きに左右差があれば、下顎の運動にも違いが現れることがあります。

    さらに、頭の位置や首、姿勢も無関係ではありません。

    顔だけを切り離して考えるのではなく、

    顎関節 → 咀嚼筋 → 頭頸部 → 姿勢

    という連続した身体の構造として捉えていく。

    すると、「顔の左右差」や「フェイスライン」といったものも、皮膚の問題だけではなく、骨格や筋肉、顎の動きなど複数の要素から考えられるようになります。

    ただし、顔の左右差や輪郭の変化には、加齢、骨格、歯列・咬合、体重、皮下脂肪、浮腫などさまざまな要因があります。

    「顎関節症だから顔が変わる」「噛み癖を治せば左右差が治る」と単純に結びつけられるものではありません。

    だからこそ、顔を一つの要因だけで説明するのではなく、解剖と機能の両面から見ていくことが重要だと考えています。

    美容とは少し違う「顔の見方」

    美容医療やエステでは、皮膚や脂肪、輪郭など、目に見える変化に注目することが多いでしょう。

    一方、この連載で注目したいのは、その形を生み出している**「内側の構造と機能」**です。

    なぜ、この部分が張って見えるのか。

    なぜ、左右で輪郭が違って見えるのか。

    なぜ、年齢だけでは説明しにくい顔貌の変化が起こるのか。

    表面だけを見るのではなく、その下にある骨や筋肉、そして「動き」から顔を考えてみる。

    そこに、美術解剖学と歯科医学を組み合わせる面白さがあります。

    この連載でお話しすること

    これからの連載では、

    • 顎関節症と顔貌の変化
    • 顔の左右差と顎の動き
    • 咬筋・側頭筋などの咀嚼筋とフェイスライン
    • 噛み癖と筋肉の左右差
    • 姿勢・頭位と顔の見え方
    • 表情筋と顔貌
    • 加齢による骨格・筋肉・軟部組織の変化
    • 「機能」と「美しさ」の関係

    などを、美術解剖学と歯科医学の両方の視点から解説していきます。

    専門的な内容も登場しますが、できるだけ身近な例や図を交えながらお話ししていく予定です。

    そして、この連載を通して考えてみたい大きなテーマがあります。

    それは、

    「機能的に調和したものは、なぜ美しく見えるのか」

    という問いです。

    顔は、見るためだけにつくられた造形ではありません。

    噛む。
    話す。
    飲み込む。
    呼吸する。
    笑う。
    感情を伝える。

    さまざまな機能が重なり合った結果として、私たちの「顔」があります。

    だからこそ、顔の美しさを考えるときにも、形だけではなく、その背景にある機能を知ることが大切なのではないでしょうか。

    顔は、骨と筋肉と機能がつくり続ける「動く彫刻」です。

    この連載を読み終えるころ、鏡に映る顔を、今までとは少し違った目で見られるようになるかもしれません。

    次回から、顔の内側にある構造を一つずつ見ていきましょう。