• 顎関節症と噛み合わせにはどんな関係がある?専門医が解説

    2026年9月18日

    「顎関節症は噛み合わせが悪いから起こる?」

    「噛み合わせを治せば、顎関節症も治る?」

    「顎が痛いので、歯を削って噛み合わせを調整したほうがいい?」

    顎関節症と噛み合わせの関係については、昔から歯科医療の中でもさまざまな議論が行われてきました。

    以前は、

    「噛み合わせの異常が顎関節症の大きな原因である」

    と考えられることもありました。

    しかし、現在の研究では、顎関節症を噛み合わせだけで説明することはできないと考えられています。

    一方で、

    「噛み合わせは顎関節症とまったく関係ない」

    と考えるのも単純すぎます。

    重要なのは、

    噛み合わせを診ることと、何でも噛み合わせのせいにすることは違う

    ということです。

    今回は、顎関節症と噛み合わせ(咬合)の関係について、咬合学を研究してきた顎関節症専門医の立場から解説します。

    そもそも「噛み合わせ」とは?

    歯科では噛み合わせのことを咬合(こうごう)と呼びます。

    一般的には、

    「上下の歯がどのように当たっているか」

    というイメージが強いと思います。

    しかし、実際の咬合を考えるときには、歯だけを見るわけではありません。

    私たちが食べ物を噛むときには、

    歯
    顎関節
    咀嚼筋
    下顎
    舌
    神経系

    などが協調して働いています。

    さらに下顎は、単純に上下へ開閉しているだけではありません。

    前方や左右にも動きます。

    そのため咬合を考えるには、

    「歯がどこで接触しているか」だけでなく、「顎がどのように動いているか」

    という機能的な視点も重要です。

    噛み合わせが悪いと顎関節症になる?

    結論からいうと、

    「噛み合わせが悪いから顎関節症になる」

    と単純に説明することは、現在のエビデンスからは適切ではありません。

    不正咬合と顎関節症との関連については多くの研究が行われています。

    特定の咬合状態と顎関節症との関連を報告している研究がある一方、その関係は研究によって一貫しておらず、因果関係は確立していません。

    つまり、

    出っ歯だから顎関節症になる
    受け口だから顎関節症になる
    歯並びが悪いから顎関節症になる

    と一律に考えることはできません。

    実際、噛み合わせに特徴があっても顎関節症にならない方はたくさんいます。

    では、噛み合わせは「関係ない」の?

    ここが非常に重要です。

    「噛み合わせが顎関節症の唯一の原因ではない」ことと、「噛み合わせを診る必要がない」ことはまったく別です。

    顎関節症は、

    顎関節
    咀嚼筋
    顎運動
    ブラキシズム
    生活習慣
    心理社会的要因
    痛みの感じ方

    など、複数の要因が関係する多因子性の疾患として考える必要があります。

    咬合も、患者さんによってはその評価項目の一つになります。

    大切なのは、

    「噛み合わせが悪いか、良いか」

    という単純な二択ではなく、

    その患者さんの顎関節・筋肉・顎運動・顎顔面形態・咬合がどのような関係にあるのか

    を総合的に考えることです。

    顎関節症になってから噛み合わせが変わることもあります

    「最近、急に噛み合わせがおかしくなりました」

    という患者さんがいます。

    この場合、

    噛み合わせが変わったから顎関節症になった

    とは限りません。

    反対に、

    顎関節や咀嚼筋に変化が起きた結果として、噛み合わせが変わって感じられる

    場合があります。

    例えば、顎関節や筋肉に痛みがあると、痛みを避けるように顎を動かすことがあります。

    また、顎関節内部の状態が変化すれば、下顎の位置や動きに影響し、上下の歯の接触が以前と違って感じられることがあります。

    つまり、

    噛み合わせの変化が「原因」ではなく「結果」である可能性

    も考えなければなりません。

    そのため、突然噛み合わせが変わったと感じた場合には、すぐに歯を削って調整するのではなく、

    「なぜ噛み合わせが変わったのか」

    を診断することが重要です。

    「噛み合わせがずれているから削りましょう」は慎重に

    顎関節症の治療として、

    「高いところを削りましょう」

    「噛み合わせを調整しましょう」

    と言われることがあります。

    しかし、歯を削る咬合調整は、削った歯を元に戻すことができない不可逆的な治療です。

    そのため、

    顎関節症だから、とりあえず歯を削って噛み合わせを合わせる

    という治療は慎重に考える必要があります。

    顎関節症ではまず、病態を診断し、必要に応じて保存的・可逆的な治療から検討することが基本です。

    矯正治療をすれば顎関節症は治る?

    これもよくある質問です。

    現在のエビデンスでは、

    「歯並びや噛み合わせを矯正すれば、顎関節症が治る」

    とは一律にはいえません。

    また、

    「矯正治療をすると顎関節症になる」

    とも一律にはいえません。

    矯正治療には、歯並びや咬合を改善するという本来の治療目的があります。

    しかし、顎関節症を治すことだけを目的として、

    「噛み合わせを変えれば顎関節症も治るはず」

    と考える場合には、慎重な診断が必要です。

    顎関節症と矯正治療は、それぞれの治療目的を分けて考えることが大切です。

    顎変形症では噛み合わせと顎関節をどう考える?

    受け口や顎の左右差など、顎骨そのものの形態に大きな問題がある顎変形症では、少し視点が変わります。

    顎変形症では、

    顎顔面形態
    歯列
    咬合
    顎運動
    顎関節

    を総合的に評価することが重要です。

    しかし、ここでも、

    「顎の形が違うから顎関節症になる」

    と単純に考えることはできません。

    顎顔面形態と顎関節、咬合、機能がどのような関係にあるのかを、一人ひとり評価する必要があります。

    「良い噛み合わせ」とは何でしょう?

    患者さんから、

    「私の噛み合わせは良いですか?」

    と聞かれることがあります。

    これは実は、とても奥の深い質問です。

    歯がきれいに並んでいることだけが、「良い咬合」とは限りません。

    私たちが重視するのは、

    形態だけでなく機能を見ること

    です。

    食べ物を噛めるか。

    顎がスムーズに動くか。

    痛みがないか。

    顎関節や咀嚼筋に問題がないか。

    日常生活で必要な機能を果たせているか。

    こうしたことまで含めて評価する必要があります。

    咬合を研究しているからこそ「何でも噛み合わせのせい」にしない

    当院では、咬合を非常に重要な診査項目として考えています。

    しかし、

    咬合を重要視することと、顎関節症をすべて咬合で説明することは違います。

    むしろ、咬合学を専門的に研究してきたからこそ、

    「何でも噛み合わせのせいにしない」

    ことが重要だと考えています。

    噛み合わせを見る。

    顎関節を見る。

    筋肉を見る。

    顎運動を見る。

    顎顔面形態を見る。

    そして、その患者さんが実際にどのように噛み、どのように顎を使っているのかを見る。

    そのうえで初めて、

    その患者さんにとって咬合がどの程度関係しているのか

    を考えることができます。

    当院では「静止した噛み合わせ」だけを見ません

    東京・目黒区のノザワ歯科では、日本顎関節学会専門医・口腔外科医が顎関節症の診療を行っています。

    院長は顎関節症・顎変形症を専門領域とし、咬合学および口腔顔面機能について研究してきました。

    現在も東京都立大塚病院および亀田病院で、顎変形症・顎関節症の専門外来を担当しています。

    当院で大切にしているのは、

    歯をカチッと噛んだ一瞬だけを見て、噛み合わせを判断しないこと

    です。

    必要に応じて、

    ・顎関節
    ・咀嚼筋
    ・開口量
    ・顎運動
    ・咬合
    ・顎顔面形態
    ・咀嚼などの口腔顔面機能

    を総合的に評価します。

    人の顎は動きます。

    そして咬合は、その動く顎の上に存在しています。

    だからこそ、

    「どこで歯が当たっているか」だけでなく、「その人の顎がどのように動いているか」

    という機能的な視点を大切にしています。

    スプリントを使って噛み合わせを治すの?

    顎関節症の治療では、口腔内装置(スプリント)を使用することがあります。

    しかし、

    「スプリントで噛み合わせを永久的に変えること」

    をすべての顎関節症患者さんの治療目標にするわけではありません。

    スプリントは基本的に、保存的・可逆的な治療として、患者さんの病態や治療目的に応じて使用します。

    当院では、スプリントが必要と判断した場合には、患者さん一人ひとりの顎運動機能を考慮したオーダーメイドのスプリントを作製します。

    院長はスプリント治療に関する教科書の執筆にも携わっています。

    重要なのは、

    「顎関節症だからスプリント」

    でも、

    「噛み合わせが悪いからスプリント」

    でもありません。

    診断したうえで、

    なぜスプリントを使用するのか

    という目的を明確にすることが重要です。

    噛み合わせが気になるとき、どんな場合に受診したほうがいい?

    次のような場合には、一度顎関節・顎運動を含めて診察を受けることをおすすめします。

    ・突然噛み合わせが変わった
    ・顎の痛みと同時に噛み合わせが変わった
    ・口が開きにくくなった
    ・顎がロックする
    ・片側だけ急に当たり方が変わった
    ・顎関節症が長期間改善しない
    ・噛み合わせを削る治療を提案されて迷っている

    特に、突然生じた咬合の変化では、

    「どこを削れば合うのか」ではなく、「なぜ変化したのか」

    を考えることが重要です。

    まとめ|噛み合わせを見る。でも、噛み合わせだけで診断しない

    顎関節症と噛み合わせには、長年にわたってさまざまな研究が行われてきました。

    現在のエビデンスでは、

    「悪い噛み合わせが顎関節症を起こす」

    という単純な因果関係は確立していません。

    一方で、咬合は顎関節・咀嚼筋・顎運動・顎顔面形態とともに成り立つため、患者さんによっては重要な評価項目になります。

    だからこそ当院では、

    噛み合わせを見る。
    しかし、何でも噛み合わせのせいにしない。

    という考え方を大切にしています。

    そして、

    「噛み合わせを治すべきか?」

    と考える前に、

    「なぜ顎が痛いのか」
    「なぜ口が開かないのか」
    「なぜ噛み合わせが変わったのか」

    を診断します。

    必要な治療は行う。

    必要のない治療は行わない。

    そして、元に戻すことのできない治療については、特に慎重に判断する。

    それが顎関節症と咬合を考えるうえで重要です。

    よくある質問

    Q. 噛み合わせが悪いと顎関節症になりますか?

    不正咬合と顎関節症との関連を報告した研究はありますが、「噛み合わせが悪いことが顎関節症を直接引き起こす」という因果関係は確立していません。顎関節症は複数の要因が関係する疾患として考える必要があります。

    Q. 顎関節症になってから噛み合わせが変わりました。なぜですか?

    顎関節や咀嚼筋の状態、顎運動などが変化した結果として、歯の当たり方が以前と違って感じられる場合があります。急に噛み合わせが変化した場合には、歯を削る前に原因を評価することが重要です。

    Q. 噛み合わせを削れば顎関節症は治りますか?

    顎関節症の治療を目的として、安易に健康な歯を削ることはおすすめできません。咬合調整は不可逆的な治療であり、現在のエビデンスでは顎関節症に対して一律に行う治療とは考えられていません。

    Q. 矯正治療をすると顎関節症は治りますか?

    顎関節症を治すことだけを目的として矯正治療を行えば改善する、とは一律にはいえません。歯並び・咬合の治療目的と、顎関節症の治療目的を分けて考える必要があります。

    Q. 噛み合わせは診なくてもいいということですか?

    いいえ。咬合は重要な診査項目の一つです。ただし、咬合だけを見るのではなく、顎関節、咀嚼筋、顎運動、顎顔面形態、口腔顔面機能などと合わせて評価することが重要です。

    参考文献・参考資料

    ・National Institute of Dental and Craniofacial Research(NIDCR)「Temporomandibular Disorders(TMDs)」

    ・Thomas DC, Singer SR, Markman S. Temporomandibular disorders and dental occlusion: What do we know so far? Dent Clin North Am. 2023.

    ・Lekaviciute R, Kriauciunas A. Relationship Between Occlusal Factors and Temporomandibular Disorders: A Systematic Literature Review. Cureus. 2024.

    ・Pascu L, et al. Occlusion and Temporomandibular Disorders: A Scoping Review. Medicina. 2025.

    ※本記事は一般的な医学・歯科医学情報の提供を目的としており、個々の患者さんの診断・治療を行うものではありません。症状がある場合には歯科医師・医師による診察を受けてください。